ジャズと『紙こより画』のコラボ

                              ごあいさつ

目的地に着いたのは、昼を過ぎていた。予定では10時半に現場に入るつもりであったが2時間ほど遅れて到着した。重いリックを背負い、加齢でふらつく足取りであるので、「タクシー」を頼もうと思ったが、自分が居る位置がかわからないから「タクシー」を呼ぶ事もできず、路端の石に座って、通行人に「自分の苦境」を説明して、助けを求めたのです。私が座した位置の向かいに、高槻市の公共施設「こども支援センター」があり、助けを求めた男性が、その施設に私のことを説明されて、市職員が、その施設にタクシーを呼んで下さったので、無事に目的地に着くことが出来た。  

無事、目的地について、一息、ついたときに白隠禅師が作った「延命十句観音経(世界で一番短いお経)」の一節が頭をよぎった。『輿佛有因・輿佛有縁』→直訳ですが、「佛になる因子は与えられている・佛になる縁も与えられている」という意味。人は皆、佛になる因、或いは佛になる縁を与えられていると言う意味です。私を助けてくれた男性にも「佛性・佛心」があり、助けてもらって感謝する私にも「佛性・佛心」があるのです。

そして、禅宗の「四聖句」(不立文字・教外別伝・直指人心・見性成仏)の一つに「見性成仏」がありますが、これは、己の中に佛心を見つけると成佛(佛になる=悟り)できるという意味ですが、人には「みな」佛性があると言うのです。道に迷って助けて頂いた事に「凄く感謝」致した次第であります。話が横にそれましたので、元に戻します。

鳳彩庵龍雲の紙こより画

袴姿の御仁は雅号「鳳龍」、カーボーイハットのサックスホーンの持ち主が雅号「龍雲」です。

場を和ます為、観客に笑って頂こうと漫談風に喋られております。偶に笑いと拍手。

バックの壁に掛かっているのは、お二人の合作であります。その横にある「カラフルな作品」は、鳳龍が若い頃に描いた「油絵」であります。

動画を添付しましたので、▶️をクリックして下さい。

鳳龍が「紙こより画」を作画し、横で龍雲が「懐メロ」を吹いているところです。

尾崎邦彦の「また会う日まで」など数曲披露されました。鳳龍は、楽しく「紙こより画」を描いておりました。

龍雲が「紙こより」で作品の作成に集中しております。

2人で一つの作品を書いているのですが、この時の雅号は、「鳳彩庵龍雲」と「ふなりで一つの雅号」で作品を仕上げます。座っているスーツ姿の男性は、昔からの『紙こより画』のファンであります。

みんなで描く紙こより画
見にこられた方が、紙こよりを持って、思うがままに描いておられました。女性は、奈良・橿原から来られて「紙こより画」のファンで、花の絵を描かれておられました。その右上に「達磨絵」が描いてありますが、それは、私(龍星)が書きました。女性が、自分で描いた絵と私が描いた絵(雅号と落款入り)を部分カットされて、お持ち帰りになりました。本人、来てよかったと喜んでおられました。

飛び入りのお客さん
「紙こより画」のイベントは「つくりびとのいえ『福寿舎』」で行われました。嘗ての城下町(城主:高山右近・日本初のクリスチャン大名)に佇む街家で、築117年の元酢醸造所を改造した「シェアアトリエ」です。このアトリエにある書道教室に来ている女性が、興味ありげに入ってきましたので、「紙こよりで書いた字『舞う』」を見せて、書き方の心得を説明して、色紙に書いてあげました。人の人生は、墨垂れが、ポツンと落ちて華麗に舞う事をイメージして書いたと説明し、そして、「はずみで生まれて、ついでに生きる」とニヒルな事を言う人も居るけれど、「はずみで生まれても、華麗に舞い、生きてくださいね。」と励ましました。

おわりに

私は、この「ジャズと紙こより画の共演」に参加したのは二回目です。前は、大阪・中津のギャラリーで開催されましたが、全くの見物人的立場で参加いたしました。今回は「ちょっと」主催者側の顔をさせて頂きました。
今回、このイベントに参加させて頂いて勉強したことが沢山あります。達磨大師が説いた「悟りへの『道』」に、ニ入四行(理入・行入/報怨行・隋録行・無所求行・称法行)がありますが、これを身をもって学んだような気がします。禅宗は、体験実感を以って、体得できるものと言われております。達磨大師の教えの中に「不立文字・教外別伝・直指人心・見性成仏」があり、この言葉が「十句観音経」にある「輿佛有因・輿佛有縁」に繋がる事に気づきました。私は、「紙こより画」で仏画をよく描きます。そして、「讃」を入れます。「讃」を入れるのは、仏画を描き、「何を言いたいのか」或いは「見ている人に何を感じて欲しいのか?」を明らかにするためです。「仏画」を描くのは、「生き方を学ぶ」為なのです。  畢竟、『成仏』する為なのです。より、

右の写真は「四聖句」です。      不立文字:真理は文字では捉えきれない。教外別伝:言葉による(経典)の外部に伝えられるものがある。直指人心:自分の心を直接見つめる。見性成仏:自己の本性を徹見する事で、佛となること。

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