松原泰道老師
序
松原泰道師は、101歳の天寿を全うされるまで仏の道を説き続けられた禅僧です。既存の宗教や宗派にとらわれず、仏教を生きるための哲学として解き明かした方です。自分の人生で出会った出来事に読者が培って来た知識を交えて仏法を分かりやすく伝えようとされ、その著作は百数十冊に及ぶと言われています。
師は、「生涯修行 臨終定年」と言われ、命尽きるまで学び続け、人々に心の杖となる言葉を送り続けてこられた方です。小弟も同師の言葉に惹かれて勉強させて頂きました。
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https://www.maesaka-toshiyuki.com/longlife/28939.htm

老師100歳時のインタビー
前坂俊之氏(静岡県立大学国際関係学部教授)が、100歳9か月の老師に百歳をすぎてもなお「生涯修行・臨終定年」を実践され、執筆、布教活動をされている師にインタビューされた記事を基に書かせて頂きました。洒脱でウイットに富んだインタビュー内容でした。100歳を超えられた老僧のものとは思えない、「爽やかな」対応でありました。
2008年8月末(老師逝去 2009年7月29日、インタビーの1年後)に樹齢数百年のクスノキが生い茂る森閑とした龍源寺で、インタビューを受けられました。
玄関を入り、座敷の間の畳の上に腰掛が二つ。老師は足が弱っており、耳が遠いので、副住職(老師の孫)が両脇から老師を抱えられて、インタビューアーのすぐ横に座らせ、大きな声で聞いて頂けるよう配慮されておりました。松原老師は、座して即、「破顔一笑」されて、
この耳栓をはめるが、どうも調子が悪い。
このイヤホンは出はじめのやつで30万もしてよ。
と女性編集者の耳元を見て、笑いながら「そのイヤリングならいくつ買えるかな ?」と冗談を飛ばされ、更に続けて間髪を入れずに、カメラマンに対しても「美男子に写してね」とも仰って少し硬くなっていたインタビュアー達の緊張を和らげられるという細やかな気遣いもされておられました。流石、百戦錬磨の接客対応であります。
毎日の日課について
毎日の日課を尋ねると、昼間は勤行、人の出入り、電話などで忙殺されるので、一人になれる時間は深夜しかないらしい。そのため、午後8時過ぎには就寝され、午前2時ごろに起きて、書斎で原稿執筆、読書、思索を毎朝5時ごろまでやられるらしい。まるで受験生か、流行作家並のハードスケジュールであります。このスケジュールは、66歳で、ベストセラー「般若心経入門」を出版され、デビューされて以来、30年余りに亘ってこのサイクルで生活されておられたようです。 この間に、150冊の出版、旺盛な執筆活動と並行して、新しい布教の在り方を求めて「南無の会」での説法会、法話、カルチャーセンター、講演会などで八面六臂の活躍で、勉強、布教に忙殺された70、80、90歳を過ごされたようであります。

松原泰道師の「般若心経入門」
初版本は昭和15年1月20日発行。今から86年前の発行であります。
推薦の言葉に薬師寺元管主「高田好胤師」。
小弟、「般若心経」に関する本は何冊か購入し読もうとしたが、読破したことがない。理由は、何が書いておるのか「チンプン・カンプン」、言葉の説明が仏教字典から引用した説明で全く咀嚼できず、途中で放棄。本を変えて何冊か購入し挑戦したが悉く完読できず。この年(74歳)になって、初めて面白い般若心経の解説書に出会えた。むづかしい言葉が日常的な状況から説明され、和歌・俳句などを介して説明があり情的に伝わり、理解でき感謝しております。松原泰道師との出会いは、就職浪人されている頃に友人5人と旅行されている時の話を読んで知りました。その時から十余年たちます。泰道師とは、直接面談はないのですが、活字を通して知るようになり今に至っております。
泰道師の「般若心経」はおすすめです。
百歳近くになった現在(逝去される約1年前)の日課は ?
午後7時ころ就寝、起床は4時すぎ。ただ、本当は夜中の12時過ぎには覚めておられたようであります。それからは眠れず、仕方ないのですが無理に寝ようとはせず、これも修行と4時過ぎまで床の中で我慢、我慢され、頭の中で色々考えながら過ごされたようであります。読書は豆電気のついた拡大鏡で見られたそうですが、これも長くは出来ないようでした。ならば工夫して、頭の中で考えるようにされたそうです。
起きても動作が鈍くなっているので、身支度に約30分はかかり、お経を大きな声を出して読まれていたそうです。読経は体に良い。80年以上、毎朝欠かさずされておられ、あとは書斎にこもって原稿、読書の日々が今も続き、まさに継続は力なりであります。日々の積み重ねが偉大な結果をもたらされた様です。「学ぶに遅すぎることはない。思い立ったら吉日」「今日一日しか自分の人生はないと思って、精一杯生きるのです。一日一生です。」と順々に説かれておりました。
今、蔓延する「不登校」『ひきこもり』はどう思いますか ?
今、日本社会に蔓延する「不登校」『引きこもり』「ネットこもり」「内向き現象」についてはどう思いますか ?
「自己喪失、自分をなくしてしまっているのです。人間は自分ひとり、孤立して生きてはいけない。網の目なのです。一つの網の目は横とも四方の網の目ともつながって全体を構成している。子供たちにも自分の着ている服、靴、食べ物だって考えてごらん、すべて人が作ってくれたものです。自分一人が生きているのではなく、他人によって生かされている、生かされてもらってるのです。人間だけではなく、自然によって、万物によって、そう謙虚に考えて、『われ以外はみなわが師なり』(吉川英治)と考えて学ぶのです。このようにあらゆることから学ぼうと考えると、「ひきこもることは」ありません。
とおっしゃりました。
佐藤一斎「言志晩録」
言志晩録に「見える限り、聞こえる限り、学問を排してはならぬ」との恐ろしい言葉があります。「私も、いまや、目も見えない、耳も聞こえませんが、読み、書き、話すことは生涯続けたいと思っています。」と語る。老師の生涯現役は最近、生涯修行という言葉に変えられていますが、この毎日の修行と学び、書いて生きる一日一生の生活実践の中で達成されておりました。
この日の夕方5時半から近くのカフェレストランで師が毎月開催されている「南無の会」の法話会があり、「南無の会、反対に読めば「のむ」の会、あんたたちも出席して飲んでいってくださいね」と冗談交えて面白く誘われておりました。
取材記者の雑感
法話会は、「法句経に学ぶ」というタイトルで、約30人の聴衆を前に、45分程度の法話であります。非常に分かりやすい。禅とか、仏教と言う、とっつきの悪い難解なものでありますが、師の説話は身の回りの小さなことから平明に、ユーモアにあふれた語り口で人生哲学を説かれてました。
聞く者に、勇気と感動を与えるものであります。そして、その話には淀みなく、物忘れで言葉が詰まることもない、ろうろうとお話されたことが一番強く印象付けられたそうです。これが百歳長寿脳なのかと感心されたようです。
65歳になろうという編集者は、「一つ覚えて、3つ忘れる、1つも覚えられなくて、アレ、アレ、いつだったかな?」などと物忘れの連続記録更新中、いまや長時間のまとまった話もなかなかできない状態になっているというのに、若い編集者と100歳長老の何たる違いか。脳は鍛えれば鍛えるほど丈夫になる。頭脳明晰、言語明晰になることの証明を100歳の松原泰道老師がされたのであります。
法話会が終わって客が引き揚げ始めたころ、先生に筆談で「ご自身は100歳を過ぎても死への恐怖心はございますか」と質問を書いたメモを渡すと・・・。
「それはありますよ。私は3度死ぬ直前まで行きましたよ、今でも死ぬのはこわい。未知の世界だものね」とおっしゃってにっこりと笑われた。老師にとって、生も死も自在であるという、老師の姿を垣間見た気がします。
松原泰道老師の遷化
老師は、この取材の約1年後、2009年7月29日に逝去されましたが、僧侶の死去は「教化の場を遷す」という意味から「遷化(せんげ)」と言うそうです。老師101歳の「遷化」でした。
老師のお孫さんで細川晋輔師(龍雲寺住職)が書かれた「松原泰道老師の葬儀の模様」にこんな一説がありました。
祖父の葬儀の時に、棺の上の綺麗な色紙に
私が死ぬ今日の日は 私が彼土(ひど)でする説法の第一日です
と書いて飾ってあったようです。「彼土(ひど)」とは、「あの世」ことで、老師が死んだその日、老師は、あの世で説法する第一日目だというのです。「あの世」に言っても説法するつもりでおられたのです。
細川師曰く、老師が亡くなる前に合われており、その時老師から「遺言の歌」を聞いておられたそうです。先に挙げた「色紙の歌」とは二文字違っていたようです。
「私が死ぬ今日の日は 私が地獄でする説法の第一日です」
と聞かれたうです。
細川師は、祖父がどうし地獄に落ちるのか ? 疑問を持たれたそうですが、幸せにあふれ、苦しみのない人がいる極楽よりも、今まさに悩み苦しんでいる人がいる地獄に自ら落ちて、自分が学んで培ってきた禅の教え、仏教の教えを説きつくしたい。これこそが祖父の強い気持ちであり、102歳で遷化されるまで、布教を貫き、「生涯修行、臨終定年」を掲げていた祖父らしい言葉と思われたそうです。そして、祖父(松原泰道老師)は、今でも地獄で布教され、「生涯現役」どころか「死んでも現役」、定年もなしで頑張っていると回想されておられました。
松原泰道遷化時の孫「細川晋輔」のことばに興味がある方は下記URLをタップしてください。
https://www.bdk.or.jp/read/zenpriest/matsubara-taidou.html
おわりに
参考ですが、小弟「紙こより画」という新しい画法で絵を描いております。
この画法は、ティッシュ・ペーパーの角を「こより」にして、この先に墨彩を着けて、これを筆にして絵をかきます。「こより」ですので、思うように「こよりの先」は動いてくれません。思い通りに動かそうとして「力」を入れると「こよりの腰」が折れてしまいます。意に添わぬ「こより」の描く線は、描こうとしている線が出ません。意図せぬ、予想外の線が出て、その意外性に驚くことも多くあります。当然、失敗する線も出ます。失敗した線も作品として画中に入っております。失敗した線も上手く引けた線も同じ一枚の画中に、共存・共栄して作品として存在しております。
興味のある方は、一度、サイトをご覧ください。サイト名は「紙こより画~画禅一如」です。
このurlをタップして下さい。https://misokuso.com
長い文章を読んで頂き有難う御座いました。「紙こより画」についても御質問があれば、下記のお問い合わせ欄でお問合せ下さい。お待ちしております。
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